古代漢字学習ブログ @kanji_jigen

古文字(古代の漢字)の研究に関するメモ

漢字とヒエログリフの字・字符の機能

古書体学では一般に、ヒエログリフの字がもつ役割は3つあるとされます。言い換えると、書かれた個々のヒエログリフは、その役割・機能によって3種類に分類されるということです。

ヒエログリフの入門書では以下のように説明されています。

ヒエログリフは、たとえば簡易な家の平面図(𓉐)、人の口(𓂋)、動いている両足(𓂻)などのように、古代のエジプト人の世界や想像の中に存在するものを描いたものです。これらを用いて、「𓉐(家)」や「𓂻(来る)」のように、描かれている言葉やそれに関連する言葉を書くことができます。このような用法のヒエログリフを「表意文字(ideogram)」と呼びます。
表意文字で書くのは簡易で直感的ですが、それは絵によって表現できるもののみに限られています。しかしどの言語にも、簡単に絵では表現できないような言葉がたくさん存在します。一般に膾炙するような文字体系には、そのようなものを表現する方法もなければなりません。ほとんどの書記言語は、言葉の事柄ではなく音声を表すサインシステムを用いてこれを達成しています。このように使われる字を「表音文字(phonogram)」と呼びます。
人類の発見の中でも、記号によって言語の物事ではなく音を表現することができるというアイディアは、特に重要かつ古いものです。これは「リーバスの原理(the rebus principle)」と呼ばれます。リーバスはメッセージを絵で綴ったものですが、それは描かれた絵ではなく音を表しています。例えば、目・蜂・葉の絵を並べて作られる英語のリーバス「👁️🐝🍃」は目や蜂や葉とは全く関係なく「I believe (eye-bee-leaf)」を意味します。この原理はヒエログリフも使用しています。ほとんどのヒエログリフ表意文字としてだけでなく、表音文字としても使われていました。例えば、「家(𓉐)」や「口(𓂋)」を表す記号は、家や口とは関係のない「𓉐𓂋‌𓏏𓇠(種)」という言葉の表音文字としても使われていました。
エジプト語では、表音文字で綴られた単語のほとんどは最後に表意文字が付け加えられます。この付加的な記号は伝統的に「決定符(determinative)」と呼ばれます。これはその前に並ぶ記号が表意文字ではなく表音文字として読まれることを示すとともに、言葉のおおよその概念を示す分類子にもなります。例えば、「𓉐𓂋‌𓏏𓇠(種)」と「𓉐𓂋‌𓏏𓂻(出現)」という単語はその決定符「𓇠(種)」と「𓂻(歩く足)」によって区別されています。

まとめると、ヒエログリフのシステムの個々の絵は、3つの異なる方法で使用されています。
1. 表意文字:実際に描かれているものを表す。𓉐(家)、𓂋(口)など。
2. 表音文字:音を表し、個々の単語を“綴る”。「𓉐𓂋(現れる)」など。この場合、ヒエログリフは事柄を描いているのではなく、音を表しています。
3. 決定符:先行する記号が表音文字であることを示し、言葉のおおよその概念を示す。「𓉐𓂋𓂻(現れる)」の中の「歩く足」など。

*1

このヒエログリフの字の機能分類は、ほとんどそのまま漢字の字符に対しても適用することができるでしょう。

表意文字表音文字/決定符」という呼称は漢字の字符に対してはなじまないので、ここでは「形符/声符/義符」としたいと思います(呼称は何でも良いのですが)。その他、漢字に合うように調整を試みた結果が以下の説明です。

漢字は以下のいずれかの字符が1つ以上組み合わさってできています。
1. 形符:描かれているものを表す。つまり、直接言葉を表す。「口」「足」や、「葉」の中の「枼」や「散」の中の「㪔」など。
1’. 表語符:直接言葉を表す。「燃」の中の「然」、「樹」の中の「尌」など。
2. 声符:言葉の音を表す。「我(われ)」「希(のぞむ)」「陸(数の6)」(つまり仮借)や、「河」の中の「可」や「江」の中の「工」など。
3. 義符:言葉のおおよその概念を示す。「葉」の中の「艸」や「河」の中の「水」など。
4. 飾符:何も表さない字符。「石」の中の「口」、「真」の中の「八」など。

漢字の特徴として、複数の字符から構成された字が、さらにまるごと別の字の字符になることがあります。既存の字にさらに字符を添加してできた字の場合、元の字の部分が字符となり、その部分は語を直接表しているため分類上は形符になります。しかし、その形符の字形は物事を描いているわけではないので、上の分類では「表語符」というものを便宜的に設けています。

また、漢字にはなんの意味もなく付加された字符が存在し、一般に飾符と呼ばれています。上にも飾符を加えています。

*1:Allen, J. (2014). Middle Egyptian: An Introduction to the Language and Culture of Hieroglyphs (3rd ed.). Cambridge: Cambridge University Press. 第1章5節を抄訳。ただしシステムの都合上ヒエログリフは正確に引用していない。