古代漢字学習ブログ @kanji_jigen

古文字(古代の漢字)の研究に関するメモ

教育漢字の成り立ち一覧(第一学年)

簡易的なまとめです。

主なルール

漢字1字は、構造的には、1つの基部と0以上の付加部で構成されている。

基部は、独立して「表語文字」または「表音文字」として機能する。表語文字は特定の単語を表し、表音文字は特定の音節類型を表す。表音文字音価表語文字としての単語価値に由来する。表語文字の形は単語の語義に由来する。

付加部は、独立的に機能せず表語文字または表音文字に付加されるもので、「意味分類符」または「注音符」または「飾符」として機能する。意味分類符は意味ジャンルを表す。注音符は音節類型を表す。飾符は音も意味も表さない冗長な符号である。

 

以下では、独体表語文字、独体表音文字表語文字+付加部、表音文字+付加部の4種類に分類した。

独体表語文字 VS 独体表音文字のみ、文字の起源ではなく、現在の用法に従って分けられている。すなわち現在一般的な単語価値が、当初の価値を維持したもの(本義)である場合は表語文字、あるいは表音用法に由来する二次的なもの(仮借義)である場合は表音文字とした。言うまでもなく、文字の起源としては表音文字も全て表語文字である。また、起源不明の文字は安全のため全て表音文字として扱った。

独体表語文字 VS 独体表音文字以外は、文字の(構造的な)起源よって分類している。文字全体がさらに表音用法に由来する二次的な単語価値を獲得している場合には★を付している。

 

単語は「綴り 音価 意味」の3つをセットにして示している。すなわち、「一 *ʔit 1」という表記は、現在一般的には「一」と書かれ、「*ʔit」という音と「1」という意味を持つ単語のことである。単語の音価は通常、(Baxter & Sagartの表記をやや変更した)上古音で示される。

※付きの文字には追加のコメントが有る。

 

独体表語文字

すなわち、当初の単語価値を現在も保っている独体字。

漢字 単語価値 / 図形起源
一 *ʔit 1
一本の横線
雨 *C.ɢʷ(r)aʔ 雨;雨 *C.ɢʷ(r)aʔ-s 降る
天から降る雨
王 *ɢʷaŋ 王
王の象徴たる鉞
音 *ʔrəm 音
〈言+丶〉「言」の下部の「口」(発声器官)の内部に点
下 *gˤraʔ 下
〈一+丶〉基準線の下側に点
火 *m̥ˤəjʔ 火
燃える火炎
貝 *pˤat-s 貝
タカラガイ
休 *[n̥](r)u 木陰
〈人+𥝌〉人が木陰で休む様子
玉 *[ŋ](r)ok たま、宝石
糸でつながれた複数の宝玉
月 *ŋʷat つき
三日月
犬 *kʷʰˤirʔ イヌ
イヌ
見 *kˤen-s みる
目を強調した人
口 *kʰˤ(r)oʔ 口
三 *[s]um 3
三本の横線
山 *[s]ran 山
山岳
子 *tsəʔ 子供
子供
絲 *[s]ə 糸
縛った糸
耳 *nəʔ 耳
車 *[t-k]ʰra 車
手 *[n̥]uʔ 手
出 *t-kʰut 出る
〈止+凵〉穴から出ていく足
女 *nraʔ 女
ひざまづいた人、女性
小 *sewʔ 小さい
小さい物体×3
上 *daŋʔ-s 上
〈一+丶〉基準線の上側に点
森 *s-rəm 茂る
〈木×3〉茂る木々
人 *niŋ 人
水 *s-turʔ 水
水流
生 *sreŋ 生
地面から芽生えた草
夕 *s-[l]ak 夜
三日月
(?)赤 *[t-x](r)ak 赤
(?)〈大+火〉大きい火
川 *[t-l̥]un 川
両岸の間の水流
先 *sˤər 先
〈止+人〉先んずる人
足 *tsok 足
大 *lˤat-s 大きい
大人
男※ (?)男 *nˤəm 男 / 任 *nəm-s 担う
〈田+力〉耕作地と農具
竹 *truk 竹
中 *truŋ 真ん中
〈丨+〇〉基準線の中間に丸印
蟲(→虫) 蟲 *C.lruŋ 虫
〈虫(小動物)×3〉
天 *l̥ˤi[n] 頭
頭を強調した人
田 *lˤiŋ 田
田畑
土 *tʰˤaʔ 土
土塊
二 *nij-s 2
二本の横線
日 *C.nik 太陽
太陽
木 *C.mˤok 木
本 *C-pˤə[n]ʔ 根本
〈木+丶〉木の根本に点
目 *C.m[u]k 目
立 *kə-rəp 立つ
地面に立つ人
林 *rəm 林
〈木×2〉林

注釈

男:「男性」を本義と考えるには〈田+力〉という形は婉曲に思われる。「担う」は依然としてギャップがあるが、より良い。

独体表音文字

すなわち、現在は当初の単語価値が事実上捨て去られ、二次的な(歴史的には表音用法に由来する)単語価値を持つ独体字。

漢字 単語価値 / 図形起源 / 借詞
肘 *t-kruʔ 肘
腕から先
〔Ku〕→九 *[k]uʔ 9
五※ 不明
呬 l̥rij-s 息
息を出す鼻
〔Lij〕→四 *s-lij-s 4
針 *t-qəm 針
〔Kəm〕→十 *t-[g]əm 10
七※ 不明
入※ 不明
白※ 不明
別 *N-p-ret 分かれる;別 *p-ret 分ける
二つに別れた線あるいは分けられた物
〔PRet〕→八 *p-rˤet 8
文※ 不明
(?)梩 *rə 鋤
〔Rə(k)〕→力 *kə-rək 力
六※ 不明

注釈

五:この文字の図形は単語価値を特定するには単純すぎる。{互}の表語文字とする説がある。なお、{互}に「*m-q-」を再構するBaxter & Sagartはこの説と相容れない。

七:この文字の図形は単語価値を特定するには単純すぎる。

入:この文字の図形は単語価値を特定するには単純すぎる。

白:この文字の図形は単語価値を特定するには単純すぎる。

文:胴体を強調した人の形と思われる。いわゆる「文身」は初期の形ではない。

六:この文字の図形は単語価値を特定するには単純すぎる。

表語文字+付加部

すなわち、当初の単語価値を保ちながらなんらかの付加部を伴う文字。現在は当初の単語価値が事実上捨て去られ、二次的な(歴史的には表音用法に由来する)単語価値を持つ文字には★を付加している。

漢字 漢字の構造
基部 単語価値 / 図形起源
表語文字「又」+飾符「口」
右 *[ɢ]ʷəʔ 右
右手
圓(→円) 表語文字「〇」+分類符「鼎」(円形の物体)+分類符「囗」
圓 *ɢʷren 丸い
表語文字「𠂇」+飾符(?)「工」
𠂇 左 *tsˤa[j]ʔ 左
左手
表語文字「厂」+飾符「口」
石 *dak 石
石、石磬
表語文字「禾」+注音符「人 Niŋ(←人 *niŋ 人)」
年 *C.nˤiŋ みのり
穀類植物

表意文字+付加部

状態や性質的な意味を持つ単語を表記するために、(典型的には)表語文字に飾符を加えた構造を持つ文字である。このグループの文字は、より粗い分類では、またおそらく歴史的には、「表語文字+付加部」に含めることができるが、分離したほうが理解しやすいと思われる。現在は当初の単語価値が事実上捨て去られ、二次的な(歴史的には表音用法に由来する)単語価値を持つ文字には★を付加している。

漢字 漢字の構造
基部 単語価値 / 図形起源
名★※ 表意文字「夕」+飾符「口」
冥 *mˤeŋ 暗い
三日月
〔Meŋ〕→名 *C.meŋ 名前

注釈

名:《説文》の「暗い夕刻に名前を呼び合う風習」に由来するという説明が広まっているが、到底信じがたい説であり、{冥}の表語文字とするのがより良い。{昌 *tʰaŋ 明るい}を表す「昌」字(表意文字「日」+飾符「口」)とは対になっている。

表音文字+付加部

すなわち、付加部(典型的には意味分類符)を伴う表音文字。現在は当初の単語価値が事実上捨て去られ、二次的な(歴史的には表音用法に由来する)単語価値を持つ文字には★を付加している。

漢字 漢字の構造 / 借詞
表音文字「化 Hwae(←化 MC hwaeh 変わる)」+分類符「艸」
華 (*qʷʰˤra →) hwae
學(→学)※ 表音文字「爻 Kuk(←不明)」+分類符「宀」「𦥑」「子」
學 *m-kˤruk 学ぶ
氣(→気)★ 表音文字「乞 Kət(←氣 *C.xə[t]-s 空気)」+分類符「米」
餼 *xət-s (食物等を)おくる→〔Kət〕→氣 *C.xə[t]-s 空気
表音文字「今 Kum(←吟 *[g](r)umʔ 噤む)」+分類符「火(?)」+分類符「呂」(金塊)
金 *k(r)um 金属
表音文字「工 Koŋ(←不明)」+分類符「穴」
空 *kʰˤoŋ 空
校★ 表音文字「交 Kaw(←不明)」+分類符「木」
校 *kˤraw-s 枷→〔Kaw〕→校 *N-kˤraw-s 学校
表音文字「子 TSə(←子 *tsəʔ 子供)」+分類符「宀」
字 *mə-dzə(ʔ)-s 恵む、育てる
正★ 表音文字「丁 Teŋ(←頂 *tˤeŋʔ 頭)」+分類符「止」
征 *teŋ 伐つ→〔Teŋ〕→正 *teŋ-s 正しい
表音文字「生 (T)Seŋ(←生 *sreŋ 生)」+注音符「井 TSeŋ(←井 *k-tseŋʔ 井戸)」
青 *[tsʰ]ˤeŋ 青
表音文字「人 Niŋ(←人 *niŋ 人)」+「一」
千 *s-n̥ˤi[ŋ] 1000
早※ (?)表音文字「棗 TSu(←棗 *tsˤuʔ 棗)」+分類符「日」
早 *Nə.tsˤuʔ 早い
表音文字「早 TSu(←不明)」+分類符「艸」
草 *tsʰˤuʔ 草
表音文字「寸(尊) TSun(←尊 *tsˤun そなえる)」+分類符「木」
村 *[ts]ʰˤu[n] 村
表音文字「丁 Teŋ(←頂 *tˤeŋʔ 頭)」+分類符「田」
町 *tʰˤeŋʔ 土地の区切り、畦
表音文字「白 PRak(←不明)」+「一」
百 *p-rˤak 100

注釈

早:春秋戦国時代において{早}を表記する文字の一つである「𱢦」字(表音文字「棗」+分類符「日」)に由来する可能性があるが、「棗」→「十」のような簡略化には並行例が無く、決定的ではない。

學:甲骨文の字例から、基部「爻」に「宀」「𦥑」「子」がこの順番で付加されたことがわかる。したがって、「爻」の音価〔Kuk〕の由来は不明ではあるものの、これを純粋に意味のみを表す要素とするのは誤りである。なお、「爻」字は{殽}の表語文字音価〔Kawk〕)でもあるが、「爻」字が多価の表語文字なのか、〔Kawk〕が例外的に〔Kuk〕に当てられたのか、或いは両字はよく似た別字なのかを判断する明確な証拠は今のところ無い。