古代漢字学習ブログ @kanji_jigen

古文字(古代の漢字)の研究に関するメモ

「カラスの漢字“烏”が“鳥”より一画少ないのは体が黒く目がどこにあるかわからないから」は誤り

「カラスの漢字“烏”が“鳥”より一画少ないのは体が黒く目がどこにあるかわからないから」という説があります。以下のように、現在販売されている漢和辞典にも掲載されています。

象形。からすの形にかたどる。からすはからだが黒く、目がどこにあるかわからないので、「鳥」の字の目にあたる部分の一画を省いた。借りて、感嘆詞、また、疑問詞に用いる。

――『角川 新字源』改訂新版、角川書店2017年、p824

烏は鳥の目玉を表す部分である「-」を省いた形。

――『漢字源』改訂第六版、学研2019年、p1152

しかし、この説は誤りです。

この説は金文の研究が盛んになるより以前に提唱されましたが、清代に金石学(金文研究)が発達したおかげで誤りであることがわかりました。すなわち、古文字学(古代の漢字を研究する学問分野)の世界では100年以上前に否定された説です。

漢和辞典に掲載されているいわゆる「漢字の成り立ち」「字源」の解説は門外漢によって書かれたものであり、本職の古文字学の専門家による監修が行われていないため、このような信頼できない説が蔓延しています。

おそらく、多くの人が「漢和辞典に掲載されていることだからきっと正しいだろう」と思って上記の説を鵜呑みにしていると思います。おそらく漢和辞典の編集者も同様に「○○に掲載されていることだからきっと正しいだろう」と考えて無批判にそれを書いたのでしょう*1

 

*1:ここで引用した『角川 新字源』と『漢字源』はどちらも2010年代に改訂され、旧版から編者が交代し、その際にいわゆる「漢字の成り立ち」「字源」の解説は全面的な見直しと書き換えが行われましたが、「烏」字に関する(誤った)解説は維持されました。

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教育漢字の成り立ち一覧(第四~六学年)

簡易的なまとめです。

分類が曖昧なものは決め打ちです。また、例えば「表意字+義符」と「形符+義符や分化字など」は実質的に区別がない場合もありますが慣習に従って「表意字」と「形声字」に分けています。

間違いや疑問点があれば連絡してください。

第一~第三学年はこちら

kanji-jigen.hatenablog.com

主なルール

『表意字』下には表意字を挙げる。各字について、本義が現在と異なる単語の場合は{}内に示す。指示符を含む字(=指示字)・飾符を含む字は別途挙げる。飾符を含む字は()内に飾符を示した上で、本義が現在と異なる単語の場合は{}内に示す。

『形声字』下には形声字を挙げる。各字について、声符を()内に示す。既存の字に声符を加えてできた字(形符+声符)は別途挙げ、声符を()内に示した上で、本義が現在と異なる単語の場合は{}内に示す。

既存の表意字に義符を加えてできた字については、慣習に従って「表意字+義符」と「形符+義符や分化字など」に分けて挙げ、前者は義符を()内に示し、後者は形符(母字)+義符を()内に示す。
既存の形声字に義符を加えてできた字については、慣習に従って一般的な形声字か「形符+義符や分化字など」に分けて挙げる。

不明なものや定説が疑わしいものは簡単な注釈とともに最後に挙げる。

なお、()内に挙げたものは古文字の隷定の都合、コンピュータ処理の都合上、正確でなかったり便宜的なものである場合がある。

 

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教育漢字の成り立ち一覧(第一~三学年)

簡易的なまとめです。

分類が曖昧なものは決め打ちです。また、例えば「表意字+義符」と「形符+義符や分化字など」は実質的に区別がない場合もありますが慣習に従って「表意字」と「形声字」に分けています。

間違いや疑問点があれば連絡してください。

第四~第六学年はこちら

kanji-jigen.hatenablog.com

主なルール

『表意字』下には表意字を挙げる。各字について、本義が現在と異なる単語の場合は{}内に示す。指示符を含む字(=指示字)・飾符を含む字は別途挙げる。飾符を含む字は()内に飾符を示した上で、本義が現在と異なる単語の場合は{}内に示す。

『形声字』下には形声字を挙げる。各字について、声符を()内に示す。既存の字に声符を加えてできた字(形符+声符)は別途挙げ、声符を()内に示した上で、本義が現在と異なる単語の場合は{}内に示す。

既存の表意字に義符を加えてできた字については、慣習に従って「表意字+義符」と「形符+義符や分化字など」に分けて挙げ、前者は義符を()内に示し、後者は形符(母字)+義符を()内に示す。
既存の形声字に義符を加えてできた字については、慣習に従って一般的な形声字か「形符+義符や分化字など」に分けて挙げる。

不明なものや定説が疑わしいものは簡単な注釈とともに最後に挙げる。

なお、()内に挙げたものは古文字の隷定の都合、コンピュータ処理の都合上、正確でなかったり便宜的なものである場合がある。

 

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字符の理解

機能・役割に基づいて分解したときの個々の構成要素を「字符」と呼びます。これは見た目に分解できるものとは異なります。この二つを混同していたために「字符」というものを正確にとらえることができず、漢字の字形に対して誤った分析や不自然な解釈をしている場面は少なくありません。
特に、現在広まっている六書の考えは、見た目上の分解と機能・役割に基づいた分解を混同し、かつその上でどうにか象形・指事・会意・形声の四種類に収めようとよう縛りを行っているような非科学的理論なので、必然的に不自然になっています。主に、「形声」のみが役割に基づいた分類になっており、それ以外は見た目に基づいた分類になっています。

例えば「見」という字は、「目+儿」に分解できますが、これは明らかに見た目上の分解であって、「目」や「儿」はなんらかの機能を持った「字符」ではありません。機能・役割に基づいたならば「見」という字は、「みる」という意味(正確には{見}という言葉)を表す形符「見」のみからなる字(1字符からなる字)と考えるべきでしょう。「休」という字も同じことが言えます。 現在広まっている六書の考えでは、「見」や「休」といった字は見ため上分解できるため「会意」とすることが多いようです。
つまり、現在広まっている六書の考えにおいて象形とされる「人」「象」「日」等と指事とされる「上」「下」「刃」等と会意とされる「見」や「休」や「取」等は形符1つからなるという点で共通する構造になっています。見た目上分解できるかどうかというのは、言葉を絵で表した結果の差でしかありません。見た目上の分解できる字に関して言えば、言葉の意味を絵で表現しようと思った場合目に見える物体名詞であればその見た目を書けばいいだけですが、たとえば動詞(特に他動詞)は分解できない見た目で書くことは困難なので、複数のものを描いているわけです。現在広まっている六書の考えにおける「象形・指事・会意」の大部分は、字の機能とは関係なく、図画方式のために生まれた差に基づいて分類されています。ヒエログリフでも、例えば「𓂠(差し出す)」という壺を差し出す形の字は、見た目上は腕の形の字「𓂝」と壺の形の字「𓏌」に分解できますが、『「𓂝」と「𓏌」を組み合わせた字』ではなく「𓂝」とも「𓏌」とも無関係の『「差し出す」等の意味を持つ1つの字』とされているようです。
一方で「武」という字は、武力行為に関する義符「戈」と進行に関する義符「止」からなる、義符+義符からなる(古文字では数少ない)ある意味真正の会意とも呼べる構造です。1つの形符からなるが見た目上分解できる字と、2つの義符からなる字は、現在広まっている六書の考えでは見た目上分解できるという共通点のみに基づいて同じ「会意」とされていますが、両者は機能的構造は全く異なります。この区別は「位置関係を変更できるか」という点に着目するとわかりやすいです。「休」は人が木陰にいる形という形符1つからなっているため、例えば人と木を「⿱人木」のように上下構造にするのは不自然に思えます。ヒエログリフでも、例えば「𓂠」が「𓂝𓏌」と書かれることはないでしょう。一方で「武」の「戈」と「止」は(字形のバランスを無視すれば)位置関係を変更してもよさそうに思われます。「武」の場合は字形バランスのために例がありませんが、実際2つ以上の字符からなる字は位置関係が変更された複数の書き方がしばしば存在します(「峯-峰」など)。
まとめると、「見」や「𓂠」といった字は見た目上分解できるが2つ以上の字符から構成されているわけではない『1つの絵』であるが、「武」字は(形声字のように)複数の字符を組み合わせてできた字であり『1つの絵(戈の下に足がある絵)』ではない、ということになります。

漢字とヒエログリフの字・字符の機能

古書体学では一般に、ヒエログリフの字がもつ役割は3つあるとされます。言い換えると、書かれた個々のヒエログリフは、その役割・機能によって3種類に分類されるということです。

ヒエログリフの入門書では以下のように説明されています。

ヒエログリフは、たとえば簡易な家の平面図(𓉐)、人の口(𓂋)、動いている両足(𓂻)などのように、古代のエジプト人の世界や想像の中に存在するものを描いたものです。これらを用いて、「𓉐(家)」や「𓂻(来る)」のように、描かれている言葉やそれに関連する言葉を書くことができます。このような用法のヒエログリフを「表意文字(ideogram)」と呼びます。
表意文字で書くのは簡易で直感的ですが、それは絵によって表現できるもののみに限られています。しかしどの言語にも、簡単に絵では表現できないような言葉がたくさん存在します。一般に膾炙するような文字体系には、そのようなものを表現する方法もなければなりません。ほとんどの書記言語は、言葉の事柄ではなく音声を表すサインシステムを用いてこれを達成しています。このように使われる字を「表音文字(phonogram)」と呼びます。
人類の発見の中でも、記号によって言語の物事ではなく音を表現することができるというアイディアは、特に重要かつ古いものです。これは「リーバスの原理(the rebus principle)」と呼ばれます。リーバスはメッセージを絵で綴ったものですが、それは描かれた絵ではなく音を表しています。例えば、目・蜂・葉の絵を並べて作られる英語のリーバス「👁️🐝🍃」は目や蜂や葉とは全く関係なく「I believe (eye-bee-leaf)」を意味します。この原理はヒエログリフも使用しています。ほとんどのヒエログリフ表意文字としてだけでなく、表音文字としても使われていました。例えば、「家(𓉐)」や「口(𓂋)」を表す記号は、家や口とは関係のない「𓉐𓂋‌𓏏𓇠(種)」という言葉の表音文字としても使われていました。
エジプト語では、表音文字で綴られた単語のほとんどは最後に表意文字が付け加えられます。この付加的な記号は伝統的に「決定符(determinative)」と呼ばれます。これはその前に並ぶ記号が表意文字ではなく表音文字として読まれることを示すとともに、言葉のおおよその概念を示す分類子にもなります。例えば、「𓉐𓂋‌𓏏𓇠(種)」と「𓉐𓂋‌𓏏𓂻(出現)」という単語はその決定符「𓇠(種)」と「𓂻(歩く足)」によって区別されています。

まとめると、ヒエログリフのシステムの個々の絵は、3つの異なる方法で使用されています。
1. 表意文字:実際に描かれているものを表す。𓉐(家)、𓂋(口)など。
2. 表音文字:音を表し、個々の単語を“綴る”。「𓉐𓂋(現れる)」など。この場合、ヒエログリフは事柄を描いているのではなく、音を表しています。
3. 決定符:先行する記号が表音文字であることを示し、言葉のおおよその概念を示す。「𓉐𓂋𓂻(現れる)」の中の「歩く足」など。

*1

このヒエログリフの字の機能分類は、ほとんどそのまま漢字の字符に対しても適用することができるでしょう。

表意文字表音文字/決定符」という呼称は漢字の字符に対してはなじまないので、ここでは「形符/声符/義符」としたいと思います(呼称は何でも良いのですが)。その他、漢字に合うように調整を試みた結果が以下の説明です。

漢字は以下のいずれかの字符が1つ以上組み合わさってできています。
1. 形符:描かれているものを表す。つまり、直接言葉を表す。「口」「足」や、「葉」の中の「枼」や「散」の中の「㪔」など。
1’. 表語符:直接言葉を表す。「燃」の中の「然」、「樹」の中の「尌」など。
2. 声符:言葉の音を表す。「我(われ)」「希(のぞむ)」「陸(数の6)」(つまり仮借)や、「河」の中の「可」や「江」の中の「工」など。
3. 義符:言葉のおおよその概念を示す。「葉」の中の「艸」や「河」の中の「水」など。
4. 飾符:何も表さない字符。「石」の中の「口」、「真」の中の「八」など。

漢字の特徴として、複数の字符から構成された字が、さらにまるごと別の字の字符になることがあります。既存の字にさらに字符を添加してできた字の場合、元の字の部分が字符となり、その部分は語を直接表しているため分類上は形符になります。しかし、その形符の字形は物事を描いているわけではないので、上の分類では「表語符」というものを便宜的に設けています。

また、漢字にはなんの意味もなく付加された字符が存在し、一般に飾符と呼ばれています。上にも飾符を加えています。

*1:Allen, J. (2014). Middle Egyptian: An Introduction to the Language and Culture of Hieroglyphs (3rd ed.). Cambridge: Cambridge University Press. 第1章5節を抄訳。ただしシステムの都合上ヒエログリフは正確に引用していない。

漢字とヒエログリフの字符・字の配置

漢字は複数の部品に分解できますが、機能・役割に基づいて分解したときの個々の構成要素を「字符」と呼びます。言い換えれば、漢字は一つ以上の字符を組み合わせて成り立っています。

ヒエログリフは字符がそのまま字になるようです。つまり、複数の字符が組み合わさって字になるということが起きません。しかし、漢字と同様に一つ以上の字が組み合わさることで言葉を表します。漢字における字符が、ヒエログリフにおける字に相当します。

漢字の字符および字とヒエログリフの字の配置を模式的に表すと以下のようになるでしょうか。

漢字とヒエログリフの字符・字の配置

漢字とヒエログリフの字符・字の配置

どちらの体系も、1つ以上の字・字符が1語を表し、それがさらに並ぶことで句・文を表現します。

漢字が詞語レベルで塊を構成するのと比べると、ヒエログリフは(少なくとも見た目上は)字が雑然と並んでいる印象を受けます。古エジプト語と異なり漢語は基本的に1語1音節であるため、「語と語の切れ目」が強く意識された結果、漢字は塊を構成するようになったのかもしれません。

殷墟甲骨文中の月食の記録

20世紀の考古発掘によって、安陽殷墟から3000年以上前に刻まれた甲骨文が大量に発見されました。その中には月食について記録されたものもあります。《丙篇》から引用されたものを2つ紹介します。

 

《合集》11484正(《丙篇》57、《契合集》382)

《合集》11484正(部分)

《合集》11484正(部分)

《契合集》382(摹本)(部分)

《契合集》382(摹本)(部分)

□丑卜,𡧊貞:翼(翌)乙〼黍登于祖乙〼。王占曰:㞢(有)求(咎)〼不其雨。六日〼午夕月㞢(有)食。乙未𫹉,多工率遭遣(譴)。
(□丑日に卜し、𡧊が検証した、「(私達は)次の乙□日に、祖乙に黍を進める(べきである)。」。王が卜兆を見て言った、「災いがある。……雨が降らないだろう。」。六日目の□午日、夕刻に月に食があった。乙未日に𫹉祭を行い、多くの工官がみな災難に遭遇した。)

甲骨文ではしばしば「月有食」のような文句で月食があったことが記録されています。この亀版では、占卜を行って六日目の日の「夕」の時間帯に月食があったことを記録しています。亀版の上部が欠けていることもあり、この卜辞の月食以外の部分の解釈は正確ではないかもしれません*1

「夕」は夜のある特定の時間帯を指す言葉だったようです。「夕」字と「月」字はともに月の形の象形字ですが、拓本画像を見ればわかるように、この時代(武丁期)の甲骨文では、字の中央部に縦線のない「夕」字を{月}に、中間に縦線を加えた「月」字を{夕}に用いています。この習慣は末期に逆になり、現在につながります。

「食」字は「簋」という食器にもられた食べ物を上から口が食べようとしている形です。ちなみに、「食」の下部の食器を酒の容器の形である「酉」に換えた「酓」字は{飲}に用いられます。

 

《合集》11483正(《丙篇》59)

《合集》11483正(部分)

《合集》11483正(部分)

↓[癸]未卜,争貞:翼(翌)甲申易日。之夕月㞢(有)食。甲𱁇(陰)不雨。
(癸未日に卜し、争が検証した、「次の甲申日に(太陽を授かる⇒)晴天に転じる」。この夕刻に月に食があった。甲(申)日は曇ったが雨は降らなかった。)

↑[貞]:翼(翌)甲申不其易日。
(検証した、「次の甲申日に(太陽を授かる⇒)晴天に転じないかもしれない。」)

この亀版では、翌日晴れるか晴れないかを占っていますが、その日の晩に月食があったことを記録しています。上部が欠けていますが、文脈により欠けている字が明らかであるため補っています。

右側では「晴れる」と述べ、左側では「晴れないかもしれない」と述べています。このように左右にそれぞれ肯定否定の内容が刻まれている占卜を「対貞」と呼びます。ここでは、占卜を行った人たち(殷国家)は晴れることを望んでいるため、左側「晴れない」の方は推量の「其(かもしれない)」を加えて語調を弱めています。

 

*1:【参考】陳劍:《釋造》;《甲骨金文考釋論集》,線裝書局,2007年5月,第147-148頁。高嶋謙一:《殷墟文字丙編研究》,中研院史語所,2010年12月,上册第188頁。