漢字の構成要素に「夊」という部品があります。義符としては移動、特にこちらにやってくる(戻ってくる)ことに関する意味を表し、「後」「復」字等に含まれています。楷書ではわかりませんが、「退」字にも含まれています。「麥(麦)」字は{來}を表していたので「夊」が含まれています。しかし「夏」という字は、「夊」が含まれていますが、「やってくる」こととは意味上つながらなさそうです。これはどう解釈すればいいのでしょうか。
結論を言うと、この「夏」字中の「夊」は、「やってくる」ことを表す義符ではなく、人の形の足部分が分離したものです。
これについて説明する前に、まず次の字を紹介します。
この字は金文中の一般に「重」と解釈されている字で、人が荷物を担いでいる形です。左の字はヒト形に足が描かれていませんが、右の字は足が描かれています(朱色で示した部分)。このように、古文字中ではヒトの形に足が描かれていたりそうでなかったりします。
次に「𢦚」という字の金文字形を見ます。
「𢦚」字は西周金文中では一般に左の字のように書かれますが、たまに右側のように足が描かれた字が見られます。もともと足を描かないのが普通であったヒト形を含む字に対して、足を加えるという現象が、特に西周金文ではよく見られます。
次の例は「埶(藝)」字で、ヒトが植物を植えている形です。
左が早期の形で、右の字は足が加えられた字です。ここでは足の部分が「女」旁のような形に変化しています。
次の字は西周金文において{揚}に用いられている字です。
次の字は「顯(顕)」字の西周金文の例です。
「夏」字もこのような例と同じです。「夏」字は「日+頁」の形(太陽の熱射を浴びているヒトの形)で、西周代に足が加えられました。
このヒトの足の部分が楷書で「夊」の形になりました。
なお、「俊」「駿」字の右側「夋」の下部も同様の例です。この「夋」は「允」という字に足が加えられたものです。「畯」字は早期の金文では「㽙」の形になっています。
「處(処)」字の下部も同様の例です。
「処」という字体はこの字の上部の「虍」を省略してできました。
標題の解答としては、「古文字(特に西周金文)ではヒト形の足部分に(足の形である)「止/夊」旁を書き加えることがよくあったため、ヒトの形である「頁」が含まれている「夏」字にも足が加えられた字体が作られ、その字体が後世に伝わり隷書・楷書で「夊」形になった」というところでしょうか。